大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)1578号 判決 1983年11月25日

原告

大島満郎

ほか一名

被告

田中尊

主文

原告(反訴被告)らは被告(反訴原告)に対し、金二七一万二、四〇二円及び内金二四六万二、四〇二円に対する昭和五七年四月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

昭和五七年四月五日午後五時四五分頃福岡市東区津屋一三九番地先路上で発生した交通事故について、原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)に対する損害賠償義務が前項の範囲を超えて存在しないことを確認する。

原告(反訴被告)らのその余の本訴請求、及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、本件反訴を通じてこれを五分し、その三を原告(反訴被告)らの負担、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は、第一項に限り、被告(反訴原告)が原告(反訴被告)らに各金五〇万円宛の担保を供するときは、当該原告(反訴被告)に対し仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告(反訴被告、以下単に原告という。)ら訴訟代理人らは、本訴につき、「一、原告らの被告に対する昭和五七年四月五日の交通事故に基づく損害賠償義務が存在しないことを確認する。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、反訴につき、「被告(反訴原告、以下単に被告という。)の反訴請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告訴訟代理人は、本訴につき、「原告らの本訴請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決、反訴につき、「原告らは被告に対し、連帯して、金四八五万五、五二〇円及び内金四四五万五、四四二円に対する昭和五七年四月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求めた。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因(原告ら)

1  原告大島満郎は、昭和五七年四月五日午後五時四五分頃福岡市東区津屋一三九番地先路上で、原告株式会社大熊商会所有の普通乗用自動車(福岡五七せ六一六二)を運転中、前方の交差点を右折のため一時停車していた被告運転の訴外博多自動車有限会社所有の普通乗用自動車(福岡五五う四四二八)に後方から追突する交通事故を惹起し、同車の車体後部を毀損した。

2  原告らは、同年四月一五日訴外博多自動車有限会社との間で、右被害車両の物損につき、修理費一四万三、九四〇円、休車損害補償費一万八、〇〇〇円、合計一六万一、九四〇円を支払う内容の示談を成立させ、同月二三日同会社に右金員を支払つた。

3  原告大島満郎は、本件事故当日被告との間で、被告が何も負傷していなかつたので、原告らが被告に人身被害に基づく損害賠償義務を負担しない旨の示談をし、また、原告らは、タクシーである被害車両に事故当時客として乗車していた訴外松岡陽一との間でも、検査の結果同訴外人になんの負傷もないことが明確になつた事故翌日の同月六日、同様に損害賠償義務を負わない旨示談をした。

4  ところが、被告は、本件事故のため頸椎捻挫等の傷害を負つたとして、同年四月八日から七月一五日まで訴外川崎外科医院に入院し、その後も通院治療を続けている。

そして、被告の事故前年の給与所得額は年額一八七万一、二五一円であつたところ、被告は、昭和五七年五月一二日自賠責保険から仮渡金四〇万円を受領し、更に、原告らに対し、休業損害の補償として一〇〇万円の支払を要求するに至り、慰藉料その他の要求額が今後いくらにのぼるのか不明な状態である。

5  しかし、被告は、前記のとおり自ら負傷していないことを認めて、示談したものであるうえ、現実にも、本件事故によつて負傷はしていないものと考えられる。

よつて、原告らは被告に対し、本件事故に基づく損害賠償義務が存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する答弁並びに主張(被告)

1  請求原因1は認める。但し、事故の被害は、原告ら主張の物損だけではなく、被告が頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害をうけたことも含まれる。

2  同2は不知。

3  同3のうち、被告が原告大島満郎と原告ら主張の示談をしたとの点を否認し、その余は不知。

4  同4のうち、被告が頸椎捻挫等の傷病で川崎外科病院に入通院したこと、被告の事故前年の給与所得が年額一八七万一、二五一円であつたこと、被告が自賠責保険から仮渡金四〇万円を受領したことは認めるが、被告が原告らに休業補償金として一〇〇万円を要求したとの点は否認する。被告は、当時まだ治療中であつたが、保険会社に対し、内金としてまず休業補償だけでも先に支払つて貰いたい旨請求したものである。

5  同5は争う。

三  反訴請求原因(被告)

1  本訴請求原因1に同じ。

2  原告大島満郎は、自動車運転者として前方注視の注意義務を怠り、本件事故を惹起したので、民法七〇九条により、また、原告株式会社大熊商会は、本件加害車両の保有者であるから、自賠法三条本文により、それぞれ本件事故につき損害賠償の責任がある。

3(一)  被告は、本件事故により頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害を負い、昭和五七年四月八日から同年七月一五日まで九九日間、訴外川崎外科病院に入院し、同年四月六、七日と七月一六日から九月三日まで同医院に通院し、九月三日治瘉した。

(二)  被告が本件事故のため被つた損害は次のとおりである。

(1) 治療費 二三七万三、一八〇円

(2) 慰藉料 一五〇万〇、〇〇〇円

入院九九日間、通院五二日間(実通院日数三五日)の慰藉料

(3) 休業損害 九一万二、九六二円

被告の事故前三ケ月間の平均給与収入月額一六万九、二一〇円(平均日収五、六四〇円)のところ、本件事故のため昭和五七年四月七日から八月二四日まで一三九日間の休業を余儀なくされ、その間七八万三、九六〇円の給与収入(5.640×39=783.960)を失い、また、右休業のため昭和五七年夏季一時金で三万三、八〇二円、同年冬期一時金で九万五、二〇〇円をそれぞれ減額された、右合計九一万二、九六二円。

(4) 入院雑費 六万九、三〇〇円

入院一日につき七〇〇円として、その九九日分

(5) 自賠責保険からの填補金 四〇万〇、〇〇〇円

(6) 弁護士費用 四四万五、五四四円

(1)ないし(4)の損害合計四八五万五、四四二円から(5)の四〇万円を差引いた残額四四五万五、四四二円の一割。

4  よつて、被告は原告らに対し、連帯して、右合計四九〇万〇、九八六円の内金四八五万五、五二〇円、及びうち弁護士費用を除く四四五万五、四四二円に対する事故当日の昭和五七年四月五日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  本件反訴請求に対する後記原告の意見は、被告の被害が軽微であつたに違いない、とする一方的観点から、一応の疑問を投げかけるにとどまるものであつて、いずれも理由がない。

(1) 追突事故によつて、どのような傷害が発生するかは、加害車両と被害車両の相違、被害者の座位、姿勢及び個々的身体条件等の諸要素により、様々であるべきであり、偶々、被害車両であるタクシーに乗つていた乗客がヘツドレスに頭部を固定していたため、また、加害車両の運転手が衝突直前に防禦の姿勢をとつたがため、ひとり無防備の被害車両の運転手だけ激しいむち打ち現象に襲われたとしても、あえて異とするにはあたらない。

(2) 当時、被告には、頸椎捻挫等の傷害による頸部屈曲伸展痛著明、項頸部痛、後頭部痛、後頭部頭重感著明、嘔気嘔吐著明その他、診断書にある諸症状が現実に存在し、被告の入院は、純粋に医療的な見地から医師の判断によつて決定されたものであり、入院期間も半年や一年に及んだわけではなく、約三カ月の短期に過ぎなかつたものである。

(3) 原告は、被告の治療費に含まれる薬価が高いと主張するが、治療費の単価や総額は、被告が医師から請求をうけているものであつて、被告としてどのようにもし難いところである。

(4) 入通院の期間を慰藉料算定の基礎として考えるのも、この種交通損害賠償事件では通例のことである。むしろ、本件では、事前の話合いもなく、いきなり債務不存在確認の訴訟を提起した原告の方こそ、極めて誠意のない態度であつて、そのため被告が重ねて精神的損害をうけたことを知るべきである。

四  反訴請求原因に対する答弁(原告ら)

1  反訴請求原因1は認める。

2  同2のうち、原告大島満郎が加害車両を運転中、過失により本件事故を発生せしめたこと、及び原告株式会社大熊商会が右加害車両の保有者であることは認める。

3  同3(一)、(二)はいずれも不知。仮に、被告主張の入院等の事実があつたとすれば、そのことと本件事故との間の相当因果関係の存を争う。

4  同4は争う。

5  被告の反訴請求は、以下に述べる点からみても不合理である。

(1) 本件事故は、原告大島満郎が加害車両を運転中、事故現場手前の一時停止線で一旦停止したのち、ごく近くの次の一時停止線まで進行する間に惹起した追突事故である。従つて、追突の衝撃が激しかつた筈はなく、現に加害車両を運転していた同原告、及びタクシーである被害車両に客として乗車していた訴外松岡陽一は、共に何の傷害も負つておらず、ひとり被告だけが三ケ月余の入院加療を要する傷害をうけたことは容易に理解されない。

(2) 被告は、本件事故三日後の昭和五七年四月八日から九九日間入院治療をうけ、その入院料が一三八万六、〇〇〇円であると主張しているところ、右入院治療は、本件事故による負傷の治療としては必要性、相当性を欠くものである。

蓋し、被告は、右入院について、自宅が狭く、子供二人を含む家族と同居しての静養ができなかつたためといつており、その自宅が入院先の川崎外科病院と歩いて三、四分の処にあるという状況下で、右入院が必要であつたとは到底理解されない。

(3) 被告が川崎外科医院でうけた診療内容を、診療報酬明細書に記載の投与薬剤等によつて判断してみても、被告の症状が重篤であつたとは考えられず、この点でも被告の入院が必要であつたとは認められない。

(4) 被告は、治療費として二三七万円余を請求しているが、右費用中に含まれる薬価は、健康保険におけるそれと比較して、約三倍もの高額なものであり、相当でない。

(5) 被告は、慰藉料の額について、主張の入院期間を算定根拠として計算しているところ、仮に、被告のうけた治療が本件事故によるものであることを認めたとしても、右入院期間を慰藉料算定の基礎とすることは認め難い。

第四証拠〔略〕

理由

昭和五七年四月五日午後五時四五分頃、原告大島満郎が福岡市東区津屋一三九番地先路上で原告株式会社大熊商会所有の普通乗用自動車(福岡五七せ六一六二)を運転中、前方の交差点を右折のため一時停止していた訴外博多自動車有限会社所有の普通乗用自動車(福岡五五う四四二八)に後方から追突する交通事故を惹起し、同車の車体後部を毀損したこと、右事故について、原告大島満郎が前方注視義務を怠つた過失による不法行為責任を負い、原告株式会社大熊商会が加害車両の保有者として、自賠法三条本文による賠償責任を負うこと、及び、被告が右事故につき同年五月一二日自賠責保険から仮渡金四〇万円を受領したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

被告は、本件事故により頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害をうけ、反訴請求原因3、(二)、(1)ないし(4)、及び(6)の損害を被つた、と主張し、原告らは、右被告の主張を全部争い、被告が本件事故のため傷害を負つた事実がなく、被告自身、事故当日原告大島満郎との間で、被告に人身被害のないことを認めたうえ、原告らに損害賠償義務がない旨示談もしているとして、逆に、本訴において、本件事故に基づく原告らの損害賠償義務が存在しないことの確認を求める旨主張する。

そこで、以下判断するに、成立に争いがない乙七、八号証、証人川崎重義の証言により成立を認める乙一号証ないし五号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲二号証の一、二、被告本人尋問の結果により成立を認める乙九号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲一号証の一、二、同三号証、乙六号証、同一〇号証、証人川崎重義の証言、原告大島満郎と被告の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次のように認めることができる。

すなわち、本件の被害車両は、訴外博多自動車有限会社の営業用自動車(タクシー)であり、被告も同会社のタクシー運転手として右車両に乗務中、本件事故に遭遇したものであること、本件事故は、原告大島満郎が加害車両を運転して、前方を行く被告運転の被害車両と共に、事故現場の手前約一五メートル程度の一時停止地点で一旦停止したのち、被害車両に続いて発進した際、右方向のパトカーに気をとられて前方注視を怠り、事故現場である次の一時停止地点で停止中の被害車両の後部に追突したものであること、従つて、追突当時、加害車両の速度が大きかつたとは必ずしも考え難いけれども、本件事故の結果、被害車両の後部バンバーが破損し、後方トランクが凹んで閉まらなくなり、加害車両もヘツドライトがつぶれ、前部バンバー下方の鉄がタイヤに喰い込む状況であり、衝突による相応の衝撃もあつた筈であること、しかし、事故直後、前記博多自動車有限会社の事故係りも立会して行われた事故現場での事後処理の段階では、加害車両の原告大島満郎、被害車両の被告、及び被害車両に乗客として同乗していた訴外松岡陽一の三者共外傷がなく、身体的に痛み等を訴えるものもおらず、現場に臨んだパトカーの警察官による現場検証等も行われなかつたこと、そして、事故現場で、被告は原告大島満郎に対し「心配せんでよい。」と言つており、同原告は、当日、右現場或いは前記訴外会社の事務所で、同会社の事故係りと話合いのうえ、事故による被告の当日分売上金の補償として二万円を支払つたこと、もつとも、被告自身が右二万円の補償の話合いに関与したわけではなく、その二万円も後日被告から原告らの側に返還されたこと、ところが、被告は、事故当日早めに帰宅したところ、勤務明けの翌六日起床の際、首や腰の痛みを自覚し、急に起きられない位であつたので、直ちに付近の川崎外科医院で川崎重義医師の診察をうけ、同日と翌々七日の二日外来で治療をうけたのち、同月八日以降同年七月一五日まで九九日間同医院に入院し、退院後も同年九月三日まで五〇日間通院(うち実治療日数三三日)して治療をうけたこと、川崎医師の診断による被告の傷病名は、頸椎捻挫、腰痛捻挫であり、初診時の症状は、頸部屈曲伸展痛、項頸部痛、嘔気、嘔吐、腰部痛等、入院中の症状も略々同様で、各症状が持続し、長時間座位を保持できない状態も改善されず、他覚的所見としては、項頸部圧痛、打叩痛、頸部大後頭神経走行部位の圧痛、椎間孔圧迫試験陽性、左肩押し下げ試験陽性等がみられたこと、同医師は、被告の診療に際し、安静を保つ観点からその必要性を認め、被告を入院せしめたが、当時、被告から、自宅が手狭で、妻子と四人家族のため、通院治療ではゆつくり休養できないとして、入院を希望する申出をうけたこと、右川崎医院での被告に対する治療は、消炎鎮痛剤、総合ビタミン剤、消炎酵素剤、血液循環促進剤等内服薬の投与、筋肉や静脈への注射、外用薬による湿布、或いはローラー、マイクロ牽引等を主とするものであつたこと、右川崎医院には、二人部屋の上級室が五部屋一三ベツド、大部屋の普通室が一部屋六ベツド、個室一部屋一ベツドで、合計二〇ベツドあるところ、被告の前記九九日間の入院にはそのうち右上級室が使用されたこと(乙四、五号証)、そして、被告の治療費(反訴請求原因3、(二)、(1))は、昭和五七年四月六日以降九月三日まで入通院の全期間を通じ、総額二三七万三、一八〇円として、右川崎医院から被告に宛て請求されているが、右金額のうちには、右上級室による入院料一日一万四、〇〇〇円の割合による九九日分一三八万六、〇〇〇円が含まれており、この入院料は、一般的にいつて通常の健康保険による治療の場合、一日約三、八四〇円程度であること、また、加害車両に付されていた自動車保険の保険会社の担当者が右治療費内訳を調査した結果、注射料の単価が全部切り上げ計算され、合計一万九、〇八〇円過大請求となつており、処置料の関係でも、創処置料とマイクロ牽引料の重複があつて、二九万〇、三六〇円の過大請求が認められたこと、右入院のための入院雑費(反訴請求原因3、(二)、(4))は、一日七〇〇円として、その九九日分が被告主張のとおり合計六万九、三〇〇円であること、被告は、昭和二二年一〇月生、事故当時三五歳の男性で、前記訴外博多自動車有限会社にタクシー運転手として勤務し、本件事故前の昭和五七年一月以降三月まで三ケ月間の平均月額、主張の一六万九、二一〇円、日額に換算して一日五、六四〇円を下らぬ収入を得ていたか、本件事故による傷害及びその治療のため、同年四月七日以降同年七月二六日頃まで就労できず、七月二七日頃から三日間位慣し運転的に乗務し、同年八月以降平常勤務に復したところ、右休業期間中全く収入を得ることができなかつたこと、そして、その休業損害が(反訴請求原因3、(二)、(3))右四月七日から七月二六日までの一一一日間の得べかりし収入額六二万六、〇四〇円(5.640×111=626040)と、原告の場合、右四月七日以降四月三〇日までの間欠勤しなかつたときに減額されなかつたであろう同年夏期一時金の減額分三万三、八〇二円、及び右四月七日以降八月頃までの間欠勤しなかつたときに減額されなかつたであろう同年冬期一時金の減額分九万五、二〇〇円、右合計七五万五、〇四二円であること、以上の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠は存しない。

右認定した事実及び前記当事者間に争いがない事実によると、本件事故当日事故現場で、被告が原告大島満郎に対し、未だ被告に症状の発現がなかつた状況下に、「心配せんでよい。」といつた事実があり、当日、同原告が被告勤務のタクシー会社事故係りと話合いのうえ、被告の売上金補償として二万円を支払つた事実が認められるとはいえ、右のような事実だけから、原告ら主張の示談契約の成立を認めることはできないと解せざるを得ず、他にこの点に関する原告らの主張を認めるべき証拠も存しないところ、他方、本件事故のため被告がうけた頸椎等捻挫の傷害は、安静治療の観点から入院の必要があつたとしても、それ以上特別な配慮を要する重篤なものであつたとは認められず、右傷害の内容、程度、及び被告年齢、被告自身入院を希望した経緯など一切の事情を総合して、前記請求されている治療費中、上級室使用による入院料一日一万四、〇〇〇円のうち、通常の健康保険による場合の入院料一日三、八四〇円の二倍程度、一日七、六八〇円を超える部分は、いわゆる贅沢診療として相当性を欠く、と認めるのが相当であり、そうすれば、本件事故につき被告の請求し得べき治療費は、前記注射料と処置料の各過大請求部分合計三〇万九、四四〇円(19.080+290.360=309.440)をも差引き、結局、一四三万八、〇六〇円(2373.180-309.440-(14.000-7.680)×99=1.438.060)である。

しかして、その他の損害のうち入院雑費は六万九、三〇〇円、休業損害は七五万五、〇四二円であるところ、本件事故による慰藉料の額(反訴請求原因3、(二)、(2))については、傷害の内容程度、入通院の期間と共に、前記入院に至る事情等一切の事柄を総合して、六〇万円と認めるべく、また、被告の負担する弁護士費用(反訴請求原因3、(二)、(6))についても、後記認容額等諸事情を併せ考え、そのうち二五万円を本件と相当因果関係のあるものとして認めることとし、被告が自賠責保険から四〇万円の弁済をうけたことは当事者間に争いがないので、これを弁護士費用以外の損害に充当し、以上によると、原告らは被告に対し、連帯して、右治療費一四三万八、〇六〇円、入院雑費六万九、三〇〇円、休業損害七五万五、〇四二円、慰藉料六〇万円、合計二八六万二、四〇二円から自賠責保険金四〇万円を差引いた二四六万二、四〇二円に弁護士費用二五万円を加えた二七一万二、四〇二円、及びうち弁護士費用二五万円を除く二四六万二、四〇二円に対する昭和五七年四月五日(事故当日)以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることになる。

原告らは、本件事故の経緯から考え追突の衝撃が激しかつた筈はなく、加害車両の原告と被害車両の乗客が何も負傷していないのに、ひとり被告だけが三ケ月余の入院加療を要する傷害をうけたことが不合理である旨主張するが、本件事故の際、追突による相応の衝撃があつたと考えられることは前に説明したとおりであり、また、追突事故の際、どちらの車両の運転者、同乗者等にどのような傷害が発生するかは、衝突による衝撃の大小と共に、各人の座位、姿勢、個々的な身体条件、特に衝突の直前に身心の防禦姿勢ができていたか、或いは全く不意打ちであつたか等の、諸条件によつて、様々に異なるものというべく、本件加害車両の原告大島満郎と被害車両の乗客訴外松岡陽一に傷害の事実がなかつたからといつて、それだけでは、前記認定した被告の負傷の事実を否定するに足りないものと考えられる。

また、成立に争いがない甲四号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認める同五号証ないし七号証、証人川崎重義の証言、被告本人尋問の結果によると、被告は、本件事故以前の昭和五五年三月二九日にも交通事故で頸椎等捻挫の傷害をうけ、前記川崎医師に三カ月程入院し、二ケ月程通院して治療をうけたことがあること、しかし、右傷害は当時治癒し、右傷害の影響が本件事故による負傷の症状に出ていることは考え難いこと、及び、被告は、本件事故後の昭和五八年五月一四日にも福岡市内で追突事故にあい、頸椎等捻挫の傷害をうけ、右川崎医院で三ケ月程度通院して治療をうけたこと、等の事実を認めることができ、被告が何回も交通事故の被害に遭遇する点、やや不自然に思われないではないが、同様に、本件事故に関する前記認定及び結論を左右するに足りないと解せられる。

以上により、被告の反訴請求は、原告らに対し連帯して、前記二七一万二、四〇二円及び内金二四六万二、四〇二円に対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告らの本訴請求も、被告に対し、本件事故につき右限度を超える損害賠償義務の不存在確認を求める部分が正当であるから、本訴及び反訴請求をそれぞれ右の限度で認容すべく、その余をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例